反抗、そして自己批判: 4/21/08
昨日の『環境問題とファシズム』では反抗的な気分が出ていた。
私がよく顔を出す三つのコミュニティ、すなわちUU教会、禅センターおよびプロセスワークについて、それぞれ私にとってありがたいところがあるが、組織としてこの三つが目指している方向には賛成できない。
あれこれ理由はあるけれども、理由があるから反抗しているのではない。理由はいわば口実である。
それがわかっているから、「おまえ結局反抗したいから反抗してるだけだろう。代替案を出せないくせに反抗するのは無責任な子供と同じだよ。」という痛い自己批判が聞こえてくる。
ところが、本質的に私は反抗者であって改革者ではない。だから、改革案がないから反抗する資格がないという論理を受け入れてしまうのは精神的な自殺に等しい。
しかし改革者にならない反抗者の存在理由というのはなんだろう?
反抗者というのは必ずしも体制に逆らう者ではない。体制に本当に逆らっていては反抗者であり続けることはできない。すぐに抹殺されてしまう。それはナチ統治下のフランスでも戦後日本でもアメリカでも同じことだ。
反抗者は面従腹背である。反抗者が首尾一貫するということはない。
反抗的な子供のように、反抗者はどうでもいいことで反抗し、本質的なことについては従順である。どうでもいいことに反抗するそのしぐさの中に本質的なことに関する痛みをたくす。
実際のところ反抗者の言いたいことは体制の言葉の体系にうまく適合しないから、明瞭に表現することは原理的に不可能だ。
つまり反抗者はプロセスワークでいう少数派の性格を持っている。少数派が主流派の言葉を使って社会の中に位置を築いていくように、反抗者は体制の言葉を使って受け入れられる主張をする。
しかし、少数派の本来の特徴が彼らが主流派に対して主張するものとは違うように、反抗者の本来の叫びも彼らが体制の中で言っていることとは違う。
反抗者の発言が究極的に言い逃れになるのはこのためだ。反抗者の価値はその発言の内容にあるのではなく、文脈や口調の持つ擾乱の力にある。
この擾乱によって体制の中に安住する人々はこの体制というものが全世界ではなく、実は嵐にゆさぶられる木の葉の船であることに一瞬だけきづく。そしてその一瞬が逆に体制に生命を与えもするのだ。
反抗者の発言は無風であるはずの室内にあるろうそくの炎のゆらめきだ。もう一度目を凝らして見たときには炎はまた静止している。でも何かが変ったのだ。
私がよく顔を出す三つのコミュニティ、すなわちUU教会、禅センターおよびプロセスワークについて、それぞれ私にとってありがたいところがあるが、組織としてこの三つが目指している方向には賛成できない。
あれこれ理由はあるけれども、理由があるから反抗しているのではない。理由はいわば口実である。
それがわかっているから、「おまえ結局反抗したいから反抗してるだけだろう。代替案を出せないくせに反抗するのは無責任な子供と同じだよ。」という痛い自己批判が聞こえてくる。
ところが、本質的に私は反抗者であって改革者ではない。だから、改革案がないから反抗する資格がないという論理を受け入れてしまうのは精神的な自殺に等しい。
しかし改革者にならない反抗者の存在理由というのはなんだろう?
反抗者というのは必ずしも体制に逆らう者ではない。体制に本当に逆らっていては反抗者であり続けることはできない。すぐに抹殺されてしまう。それはナチ統治下のフランスでも戦後日本でもアメリカでも同じことだ。
反抗者は面従腹背である。反抗者が首尾一貫するということはない。
反抗的な子供のように、反抗者はどうでもいいことで反抗し、本質的なことについては従順である。どうでもいいことに反抗するそのしぐさの中に本質的なことに関する痛みをたくす。
実際のところ反抗者の言いたいことは体制の言葉の体系にうまく適合しないから、明瞭に表現することは原理的に不可能だ。
つまり反抗者はプロセスワークでいう少数派の性格を持っている。少数派が主流派の言葉を使って社会の中に位置を築いていくように、反抗者は体制の言葉を使って受け入れられる主張をする。
しかし、少数派の本来の特徴が彼らが主流派に対して主張するものとは違うように、反抗者の本来の叫びも彼らが体制の中で言っていることとは違う。
反抗者の発言が究極的に言い逃れになるのはこのためだ。反抗者の価値はその発言の内容にあるのではなく、文脈や口調の持つ擾乱の力にある。
この擾乱によって体制の中に安住する人々はこの体制というものが全世界ではなく、実は嵐にゆさぶられる木の葉の船であることに一瞬だけきづく。そしてその一瞬が逆に体制に生命を与えもするのだ。
反抗者の発言は無風であるはずの室内にあるろうそくの炎のゆらめきだ。もう一度目を凝らして見たときには炎はまた静止している。でも何かが変ったのだ。
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