プロセスワーク関連のおぼえがき

2007年6月にプロセスワークのMACFOC(葛藤解決・組織改革修士課程)の一期生としてめでたく卒業しました。これまでの学びを日本語のおぼえがきという形で書くとともに、半年を経た今、ただ自分の思考や経験を書き付ける日記としても機能しています。

観世音菩薩としての虫と蛙 12/2/08

観世音菩薩はいろいろな姿になって衆生を救うのだという。

アートグループ』で書いたように、私は子供のころ実によく虫や蛙を殺した。

でも虫を殺す私の姿勢には何かとても真剣なものがあったことも確かだ。

死というものを理解したいという気持ちが際限のない残酷な行為の裏にあったと今なら言える。

キリギリスに殺虫剤をかけて、波打つ腹が次第に遅くなって止まるのをじっと見つめていた記憶もある。

今日、仏教クラスで観音経の話を聞いているうちに、観世音菩薩が死というものを実物観察で私に教えるためにあの虫や蛙に姿を変えて現れたのかなとふと思った。

5歳のころ死が恐くて眠りにくい時期があった。そのとき結局は「死んだら恐がる自分もいないんだからこれは論理的に問題じゃない」と結論していちおう落ち着いた。いつかは自分がこの真理を理解して恐怖は消えるだろうと思ったのだ。つまり自分に宿題を課したことになる。

やたら虫や蛙を殺したのはその宿題に取り組んでいたのだろう。

別にすごい悟りがあったわけではないが、少なくとも虫や蛙は私が持っていたような死の恐怖を持ってはいないようだった。また、殺されたから怨みを残すという感じもなかった。

とにかく、4〜5年殺生をしまくった後はふっつり殺したい気持ちが消えた。もともと殺しているときも、殺意というよりは妙に生真面目な好奇心のようなものに衝き動かされていたのだ。

だまって殺されてくれた無数の小さな生き物たちのおかげで私は生死について何かを体得したようだ。

大人になってからは虫たちにすっかり仲間意識を持つようになった。蜘蛛が天井からつーっと降りてくるのを見るだけでなんだかとても幸せな気持ちになる。

こういうふうに殺生から一種の愛が生まれたのだから、観世音菩薩が虫や蛙になって殺されてくれたと考えも捨てたものではないと思う。

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