プロセスワーク関連のおぼえがき

2007年6月にプロセスワークのMACFOC(葛藤解決・組織改革修士課程)の一期生としてめでたく卒業しました。これまでの学びを日本語のおぼえがきという形で書くとともに、半年を経た今、ただ自分の思考や経験を書き付ける日記としても機能しています。

無情と無心 12/19/08

無情という言葉は仏教的には知性のない存在、つまり石とか空とか川とか木とかを意味するのが一番単純な解釈だが、悟った心を象徴的に表しているという見方もある。

(現代日本語では「無情」は同情心がないというような意味なので誤解が生じやすい。「情」はかつては感情と理性の両方を指した言葉らしい。今でも「情報」、「事情」などの熟語に昔の意味の面影を見ることができる。)

仏教的な無情に近い表現はもしかしたら「無心」かなとふと思った。無心は普通人間について用いられる言葉なので単純な解釈とは合わないが、悟りの象徴と見れば現代では無情よりも無心の方がしっくりくるかもしれない。

かつての「情」は感情と理性の両方を含んでいたと書いたが、それならたしかに現代日本語の「心」にかなり近い。

そういえば「心」も英訳が定まりにくい。mindとheartの両方、とでも言うしかない。これも理性と感情という分かれ方と似ている。

魂(soul)という言葉は理性と感情の両方を含みそうだが、これは個人の本質とでもいうようなものだから「心」とは違う気がする。

私にとっては「魂」という言葉は大仰過ぎて真実味が乏しい。「心」はずっと親しみやすくて気軽に使えるところに実がある。

英語では無情はinsentientでだいたい統一されている。無心に対応する英語はあまりないような気がする。

あ、そうでもないか。no mindという言い方はOSHOさんなどが盛んに使っていた。これはまさに無心だろう。ただし禅の世界の英語ではno mindは使われていないような気がする。

insentientは人間以外の世界を含む広がりを持っているが、無心は人の心についてだけ言う言葉だという気がする。

無情については『無情説法の周辺』や『裏山での木との交歓』など、いろいろこれまでに書いているがどうも「無情」という言葉がぴんと来にくいので、「無心」という言葉を使ったらどうかと思ったわけだ。

私はかつてOSHO(私はバグワンという昔の名前に慣れている)に心酔して、最近はもっぱら禅なのだが、私のキーワードが英語のno mindからinsentientに変化したことはそれに対応しているわけだ。

待てよ、そういえばno mindは周囲のサニヤシン(バグワンさんの弟子)がやたらに使っていて、私は当時から好きではなかった。insentientは私がやたら気に入っていて周囲の禅の同志はそれほど注目していないみたいだという違いがある。

独覚志向 12/8/08

禅センターの多くは昨夜から臘八接心(お釈迦様が悟りを開いたことを記念する接心)に行っている。

私はうちに留まって近所のテーバー山に毎日参ることにした。

仲間と修行しないで一人で山を歩いたりするやりかたは仏教でいうところの独覚をめざしているということなのかもしれない。独覚というのは師を持たずに一人で悟りを開くということだ。

独覚は縁覚と似ているらしい。(ウィキペディアの「縁覚」の項を参照。)「特に天台宗では、仏の世で十二因縁を観じて覚ったものを「縁覚」、無仏の世で飛花落葉などの外縁を観じて覚ったものを「独覚」と区分している。」とある。

師弟関係へのエッジ』で触れたように、私は人間の師との縁が薄い。無理に師を持とうとしてもどこかで身体が動かなくなる。

そのかわり、「無仏の世で飛花落葉などの外縁を観じ」ることは比較的やさしい。さびしく感じるときでも人に向かうと余計さびしくなり、無情の草木や土や石に注意を向けると癒されて再び力が湧いてくる。

大乗仏教では独覚は程度の低いものとみなされている。禅も大乗仏教の一部だから私はどうも救われない。

ものごとは先達に習った方が上達が早い。特に精錬の度が高い技芸では独学は不可能に近い。たとえばクラシックのトップバイオリニストで先生なしに独修したという人は多分いないだろう。

禅センターでも、日頃から先生に接して修行している雲水たちはどんどん学んでいる。

でも私はこれまでの人生を振り返っても先生に付いてどんどん知識や技芸を学ぶということは一度もできなかった。理由としては『人間嫌いと人間アレルギー』に書いたような、人と接する許容度の限界のようなものがあるかもしれないが、理由はどうにせよ、独覚志向は私が選択しているというよりは、これ以外のアプローチが長期的に不可能だという自覚から来ている。

私としては先生から密接な指導を受けている人達をうらやんで時を過ごしたり無理に人と濃密に接触して心の病気になるよりも、一人で、あるいは限られた人との接触から学んでいく方がいいと思う。進みは遅くても、これまでにない新たな境地を開拓できる可能性はある。

方法論としては自分自身の経験を精密に観察していくことだと思う。人から来た知識にはていねいにフィルターをかけて、自分にも当てはまる部分をみつけていく。

引用先: 『テーバー山参り四日目の感覚変化

観世音菩薩としての虫と蛙 12/2/08

観世音菩薩はいろいろな姿になって衆生を救うのだという。

アートグループ』で書いたように、私は子供のころ実によく虫や蛙を殺した。

でも虫を殺す私の姿勢には何かとても真剣なものがあったことも確かだ。

死というものを理解したいという気持ちが際限のない残酷な行為の裏にあったと今なら言える。

キリギリスに殺虫剤をかけて、波打つ腹が次第に遅くなって止まるのをじっと見つめていた記憶もある。

今日、仏教クラスで観音経の話を聞いているうちに、観世音菩薩が死というものを実物観察で私に教えるためにあの虫や蛙に姿を変えて現れたのかなとふと思った。

5歳のころ死が恐くて眠りにくい時期があった。そのとき結局は「死んだら恐がる自分もいないんだからこれは論理的に問題じゃない」と結論していちおう落ち着いた。いつかは自分がこの真理を理解して恐怖は消えるだろうと思ったのだ。つまり自分に宿題を課したことになる。

やたら虫や蛙を殺したのはその宿題に取り組んでいたのだろう。

別にすごい悟りがあったわけではないが、少なくとも虫や蛙は私が持っていたような死の恐怖を持ってはいないようだった。また、殺されたから怨みを残すという感じもなかった。

とにかく、4〜5年殺生をしまくった後はふっつり殺したい気持ちが消えた。もともと殺しているときも、殺意というよりは妙に生真面目な好奇心のようなものに衝き動かされていたのだ。

だまって殺されてくれた無数の小さな生き物たちのおかげで私は生死について何かを体得したようだ。

大人になってからは虫たちにすっかり仲間意識を持つようになった。蜘蛛が天井からつーっと降りてくるのを見るだけでなんだかとても幸せな気持ちになる。

こういうふうに殺生から一種の愛が生まれたのだから、観世音菩薩が虫や蛙になって殺されてくれたと考えも捨てたものではないと思う。

大黒天 11/18/08

昨日に引き続き、曹洞宗の日課に入っている神さま。今日は大黒天。

まずウィキペディアの「大黒天」の簡潔な説明を引用する:

大黒天(だいこくてん)とは、ヒンドゥー教のシヴァ神の化身であるマハーカーラ(サンスクリット語:Mahaa-kaala、音写:摩訶迦羅など)のことである。

* 密教の大黒天 - マハーカーラが元になり出来た密教の神である。
* 仏教の大黒天 - 密教の大黒天が元になり出来た仏教の天部に属する神である。(本来の仏教では神及び多神を否定している。現在でも神や多神を認めない仏教宗派もある)
* 神道の大黒天 - 密教の大黒天が元になり、大国主命と神仏習合して出来た神道の神で、七福神の一柱としても知られる。
(以上「大黒天」ウィキペディアより。)

ということは昨日の不動明王に続いて大黒天もシヴァという破壊の神と深く関係していることになる。

大黒は「天」である。不動の「明王」と比べてやや位は下らしい(「仏尊の事典」関根俊一編、学研)。天部の神さまはバラモン教やヒンドゥー教の神を仏教が取り入れたもので、外部から来ているから衆生を教える菩薩や明王のような位はなくて、信仰を妨げる外敵から衆生を守る護法神として位置づけられている。

同書によると大黒天は戦いの神であった。マハは偉大な、カーラは暗黒という意味。

恐い神だったが、仏教に取り入れられてから財福神としての性格が加わった。

ウィキペディアによると大黒も密教とともに日本に伝わった。財福神としての性格が強くなり、さらに台所の神という特徴も加わった。打出の小槌は大国主命との習合で加わったものだろう。

どうも不動明王の弟分という感じがする。もともとシヴァ神につながる荒っぽい神だったのが仏教に取り入れられて不動はこわもての菩薩的存在に、大黒は信仰する人々を外敵から守る存在になったのだから。

うちの禅センターでも台所に大黒をまつってある。これは日本での密教の影響だろう。

不動明王 11/17/08

不動明王はうちの禅センターの就寝前の詠唱に含まれている。

不動明王は真言宗と親和性が高くて、禅宗では普通不動明王は祀る(まつる)らしいが、曹洞宗は祀る。

「仏尊の事典」(関根俊一編、学研)によると、不動明王は梵名がアチャラナータで、原義は「動かない守護者」あるいは「動かない者の守護者」だという(122頁)。

「動かない者」というのは私の特性でもあるので、おもしろい。

もともとヒンドゥー教でシヴァ神の呼び名だったが、仏教に取り入れられてからは大日如来が衆生を教化するために憤怒身となったものが不動明王だとされた。

中国では八世紀初期に初めて不動明王の名が仏典に登場する。

ところで「明」というのは梵語のヴィドラーヤージャの訳語で「知識・学問」を意味する。そして古代インドでは知識や神秘的な呪力を得るために唱える聖なる音が真言陀羅尼だった。やがてその音が「明」と呼ばれるようになった(同所121頁)。

明王というのは明の力を使える者の王ということだ。

不動明王は密教(vajrayana)の神である。この密教というのは紀元後数世紀ごろヒンドゥー教の隆盛に対抗するために呪術的な要素を仏教に取り入れた結果生まれたものらしい。呪術的とはたとえばマントラを唱えることである。(ウィキペディアの「ヒンドゥー教」参照。)

ヒンドゥー教はバラモン教が土着の神々を取り入れて変容したもので、顕在化してきたのは紀元前5ー4世紀で、紀元後4ー5世紀には仏教をしのぐ勢力を持つようになった。

私はよく理解していなかったのだが、インドでは紀元前三世紀のアショーカ王のころからヒンドゥー教が強くなってくるまで仏教が主流だったようだ。

日本の曹洞宗の祖である道元は坐禅一筋で儀式ばったことは嫌ったが、やはり一般受けはせず、三代目の徹通義介が仏殿を建てたり、礼仏を取り入れたりして改革を試み、それが元で扮装になって下山することになった。彼の弟子である瑩山はさらに密教的な加持祈祷、祭礼なども取り入れて、曹洞宗を一般に広めた。(瑩山紹瑾、ウィキペディア)

ということ密教の神である不動明王が曹洞宗に入ってきたのは瑩山のころだったのだろう。

ということは瑩山系でない永平寺では今も不動明王を祭っていないのか?

大乗仏教の単純修行と口伝 10/27/08

大乗仏教ではそれまでの理屈っぽいアビダルマ的なアプローチからの脱皮というか、離脱というか、とにかくずいぶん異なる方向性を打ち出されている。

大乗仏教の典型的な経典としては法華経と般若心経が有名だと思うが、法華経では大胆に仏陀を全能神のように神格化し、般若心経はこれまでの仏教のコンセプトを次々と否定していく。

私は仏教の歴史一般をよく知っているわけではなく、禅仏教についてある程度学んだという程度なので、話を禅に絞るが、たとえば唐代初期の馬祖禅師は公案を多用した。公案というのはたとえば「片手で拍手したらどんな音になるか」とか、知的には解き得ないような問題を弟子に与えて、弟子は坐禅しながらなんとか答えようとがんばるというシステムである。

いくら経典を勉強しても答えは出てこない。もし出てきたとしても、本で読んだ答えを師匠に言ったらまずだめである。

時代が下って、日本の鎌倉時代では『本覚思想』で紹介したように、中国と日本の大乗仏教で大きな力を持つ本覚思想が熟しすぎて腐ったというか、もう修行なんかしなくてもいいんだという風潮になっていた。

鎌倉仏教の祖師たちはその環境から自分のスタイルを作っていったのだが、道元の只管打坐、親鸞の念仏、日蓮のお題目、いずれも単純な修行法を強く打ち出している。

もはや修行は知的に理解できることを学ぶことではなくなっていて、しかし修行そのものの必要性は痛感されていたので、こうした単純な修行法をほぼ無限に反復するということになったのかなと思う。

もともと仏陀は知的に考えて悟りを得たわけではなく、蝶よ花よの青少年時代と苦行の三十代を経て、どちらも悟りには届かないことを知り、菩提樹の下にじっくり坐って明けの明星とともに悟ったということになっている。だからたとえば道元の只管打坐は仏教の源に戻ったのだとも言える。

修行が単純になると、師匠が弟子の修行の進度をどう把握するのかという問題がでてくる。知的な理解はもはや問題ではないからそれを弟子の評価に使うことは出来ない。どうなるかというと結局は口伝ということになる。つまり、伝法はほぼ100%師匠の主観的判断に任されることになる。

このため、法統ということが大事になる。仏陀から師匠までの間すべて正しい伝法が行われたとされ、これからも師匠から弟子に一筋に仏法が伝わっていくということになる。

これは日本のお茶とかお花の家元制につながる伝統である。こういうシステムでいい結果を出すには人間関係の技術が必須である。

これと対照的なのは答えのはっきりした質問に答えられるかどうかで順位を付けていく、日本の大学受験のようなシステムである。中国も隋以後は科挙という役人の登用試験がずっとあった。

実はアメリカの大学受験というのは、日本みたいに試験一発で決まるのではなくて、クラスでのリーダーシップとか、社会福祉へのボランティアとかいったことも評価材料になる。人間関係の要素がけっこう強いのである。

大乗仏教が出てくる前の仏教はどちらかというと日本の大学みたいに知的な理解で僧侶が評価されていたのではないかと思う。

(脱線するが、プロセスワークは過去二年くらいで、家元制からもっと評価が客観的な大学的なシステムへと変貌しつつある。)

大乗仏教(特に本覚思想的要素)と単純修行と口伝の間のつながりについて思うところがあってとにかく書き付けてみた。

本覚思想 10/23/08

仏教の中には、本覚思想といって、誰でも始めから仏になれる、あるいはすでに悟っているという考え方がある。(ウィキペディアの「本覚」を参照。)

インドにはこういう考え方はなくて、中国で生まれたものらしい。そしてそれが平安時代に日本に来て、さらに極端になったのが鎌倉期らしい。

鎌倉時代には草も木も成仏している、人は何も修行しなくてももう成仏してるんだということになってきた。

本覚思想は末木文美士氏の「日本仏教史」(新潮文庫)によく説明されているが、読んでもすぐにぱっとわかるような内容ではない。

私がこれに興味を持つのにはいくつかの理由がある。

一つ目は、「日本人は自然と一体だが西欧人ははっきりと差別をつける」といった言い方とこの本覚思想とが結びつくのではないかと思えること。

二つ目は、無情説法を始めとする、石や草も仏法を教えているとする考え方は私が執着している「物との関係性」につながっていて、本覚思想はそういう考え方の元じゃないかと思うということ。

三つ目は、私の禅仏教徒としての興味。日本の曹洞宗の祖である道元は鎌倉時代の堕落した本覚思想に反発して、いかに生まれつき悟っているとはいってもやはり修行はしなければならないと普勧坐禅儀で述べている。

三つ目と関連するが、禅や真宗のように坐禅とか念仏のような単純な修行法を第一とする宗派は、本覚思想に基づいているとどこかで読んだ気がする。

末木氏によると、それまでの仏教の考え方では数え切れないくらい生まれ変わってやっと悟りを得るというような感じなので、修行者ががっくりして元気が出ない。だから迷いから悟りまでの距離を短くしたのが本覚思想だという。

ただ、日本に入ってきてその距離がさらに短くなってゼロになり、修行なんかしなくていいやあ、ということで僧たちの堕落がひどかったという。

末木氏は、現世肯定的な日本文化の影響だろうと言う。

すると、道元や親鸞が坐禅とか念仏を強調したのは、本覚思想の堕落に歯止めをかける意味だったのか。

普勧坐禅儀では、始めからパーフェクトな私たちが何故坐禅なんかしなきゃいけないのかについて、紙一重でもずれがあったら天と地くらいの違いがある、というふうに説いている。

なんでこれが説明になるのか。わかりにくい。たぶん、いくら今のままでパーフェクトでも本当にお前さんそう信じられるのかね、と彼は問うているのかも。

つまり、このままでオーケーなんだから何もしなくてもいいんだもんねと言っている怠け坊主の心の底にある不安を指摘しているのだろう。オーケーってお前さんの全存在が言っているのかい?と道元にからかわれているのだ。

続いて道元はお釈迦様だって菩提樹の下でじっくり坐ったし、菩提達磨は九年間壁に向かって坐ったじゃないか、と偉い人たちの実例を挙げる。だからお前たちが修行しなくていいなんてことがあるものか、と。

道元はしかし本覚思想的なこともちゃんと言っている。たとえば、坐禅は悟りを開くためにするものではなく、坐禅そのものが悟りなのだ、というふうに。

只管打坐、ただ坐るだけ、という修行法は心を綿密に研究するアビダルマの世界とは違う(とかいってアビダルマについてはほとんど知らないのだけれど)。

二つ目の無情説法とのつながりについては、たとえば道元は無情説法で言う「柱や石ころも仏法を説いている」という一節について「柱や石ころが仏法を説くなんて真に受けてはいけない。あれは仏法の持つ特質について言及したものなのだ」と正法眼蔵で主張している。螢山(道元の四代後、曹洞宗を広めた人)の伝光録でも同じようなことを言っている。

道元は無情説法を否定しているのではないと思う。その解釈があまりにも具体的過ぎることを戒めているのだ。

仏法が草や木や石ころのような特質を備えている、というのは微妙な言い方だが、私は好きである。

これは道元や螢山の本覚思想への立場を説明したものと私は思っている。

(続きは『本覚思想と「物との関係性」』)

般若心経にもとづく人生読本 10/18/08

「般若心経: 人生を強く生きる101のヒント」という本を読んだ。著者は公方俊良というお坊様である。

三笠書房の「知的生きかた文庫」の一冊。表紙左端には「とらわれない心と行動の指針」という文句も見える。

禅センターの日曜の朝課では般若心経を英語で詠唱する。

今回朝課のテキストのクラスのアシスタントをやっているので、般若心経のところでこのお経が日本でどう受け入れられているのかを紹介することになって、ちょうど持っていたこの本を通読してみることにしたのだ。

第一印象は、なんで自分が日本で仏教に惹かれなかったかがわかる気がしたということ。

説教臭い。坊様だから説教臭いのは当たり前だが。

反発をとりあえず抑えて読み通すとさすがにいろいろと教えられることがあった。

仏教の教えるようにすれば友達がたくさんできるなんていうのもなんだか変な気がしたが、想定読者層として孤独な若者を含めているのなら方便として理解できることだ。

周りの人の言うことをよくきけと言ったり、人の言うことなんかあてにせず自分の道を歩けと言ったり、なんか矛盾してるなあとも思った。

しかしまあ禅のテキストはまさに矛盾の海だからあまり人のことは言えないか。

昨日も書いたけど本当に現実的なことはすっきり言葉で言えないもんだ。

仏教は心に一番近いことを扱う教えだから表現が矛盾に満ちるのは当然か。

一人わが道を行けというのは目標の設定に関してであり、周りの人の言うことを聞けというのは手段に関してなのかもしれない。

般若心経が無と不と空に満ちているのは、それまでの仏教の教えを否定するものではなく、修行が進んで教えを無意識に実行できるようになった状態のことを言っているのだと書かれているのには、なるほどこういう解釈もあるかと思った。

「自分が仏陀だったらどうするか?」といつも考えよというのはなるほどと思った。

夢の中で「自分が目覚めていたら何をするか?」という問いかけが出来たらすごいだろう。

「自分が仏陀だったら」というのは、本当の覚醒から見れば夢見の状態である通常意識において同様の問いを発することになる。

ブッダという音は覚醒を意味するbudというサンスクリット語から来たと言うし。

私が仏陀だったら、物との関係性の重要性を臆せずに指摘していくだろうな。2500年前の仏陀はそんなこと言わなかったと思うけど、あのころはあのころ、今は今だ。

無情説法の周辺 10/12/08

石ころも仏法を説いているといった言説は仏教では古くから流布しているようだ。とかいってちゃんと調べりゃいいのだろうがここではあえて私の知っている限り、推測できる限りのことから書く。

一つの型は若い僧が偉い僧にこの無情説法について、「先生には聞こえるんですか?」と聞く。先生は「聞こえない」と答える。

若僧は「じゃあ誰なら聞こえるんですか?」、これに対して先生は「聖者なら聞こえる」と答える。

これにはさらにややこしい展開があるのだが、それは今ぴんとこないので、次に思い出したことを書く。

「無情説法が聞こえなくても、あなたの中でそれを聞いている誰かの邪魔をしないこと」という助言をどこかで読んだ。

道元は「石ころがしゃべるなんて考えるのは大間違い。無情説法というのは仏法の特質を象徴的に語ったものだ」と書いた。というのは言い過ぎでこれは道元の書いたことを私がかなり意訳しているのだが、話の流れでこれも書いておく。

それと自分の坐禅の経験。十年くらい坐禅を続けたころからか、壁から何かつぶやきのような感じが自分の視線をたどって伝わってくるような気がしてきた。

そういえば、山道を歩いているとその辺の草や木が何かを自分に託しているという感じがしていた。これはもう坐禅以前からあった気がする。

あ、そうそう、5年前くらいにかつて少年時代をすごした町を40年ぶりくらいで再訪したとき、土地の空気が「おいみんな、あのときの男の子が戻ってきたぞ!」と喜んでいるのがはっきり感じられた。そういうこともあった。

片付けという行為も今までと違った気持ちでやるようになった。いやだけどやらなきゃならないこと、だったのが、テーブルとか埃とかとの一種の関係性のワークだと思うようになった。

リベラルな人々は、「人間が公正に、平等に扱われるようになれば」世の中の問題は全て解決するように言うけれど、人間を特別扱いするのが元凶じゃないかと私は思う。

我々は人間だから人間をえこひいきするのは人情というものだが、今の人間中心主義はそんなえこひいきのレベルをはるかに超えて宗教的な信条になっている。そして今はそれはとても間違った信条だと思う。

そしてこれは最近書いた文脈ということとも結びつく。言葉だけに注目して文脈を忘れることは人間だけに注目して石ころのことを忘れるのと似ている。

人間の愛する力をあてにしていては、絶望か集団発狂に行き着くだけだ。人間には大きな愛を可能にする忍耐がない。石ころや木の方がとてつもない愛の力を持っている。

石ころや木から言葉のメッセージが来ると考えるのは見当違いだ。道元が書いたのはそのことだろう。そうじゃなくて石ころや木のような意識のレベルが人の心の中にもあり、そこに焦点を合わせることと仏道との間には密接な関係がある。そう思う。

小学校の夏休みに太陽に髪を焼かれながら田んぼのあぜ道を歩き回ったころから私の心には虫や土に同調する傾向があった。

意識的には人の世界にあこがれながらも、意識下では自分のいるところの良さがわかっていたと思う。

鬼の夢で鬼に連れられて寝室を出たとき、砂漠のような外の景色を見て自分は死んだのだと思った。5歳のときだ。今思えばあのとき鬼が私にくれた試練は砂や石の中に命を見つけることだったのだ。

これくらい独りよがりに徹して書くとかえって普遍性が出てくるんじゃないかと思って書いているのだが、さて明日読んでみてどう感じるか。

完全燃焼と燃え尽き 10/5/08

禅では今やっていることに完全燃焼しろという言い方をする。

今日も法話でその話が出たので、それはいいけど燃え尽き症候群になってしまう心配は無いかという質問をしてみた。

答えは、「燃え尽き症候群になるのは一度にいくつものことをやろうとするから。」

なるほど、つまり実際にやっていることよりも今できないことを心配することが燃え尽き症候群につながるのかなと思った。たしかに、何かを集中してやった結果としての疲労には燃え尽き症候群のような絶望の要素がないような気がする。

たとえばTabor山に行って坂を駆け上がろうとするとき、「ここでやりすぎると後で痛かったり疲れたりするからセーブした方がいいかなあ」とか思う。

このときすでに心は坂のふもとにいる今の状況から数時間後へと飛んでいるわけだ。

それよりも走るときの一歩ごとに脚や心肺の状態をしっかり意識しながら坂を上っていく方がいいのだろう。

手っ取り早く脚にきいてみるという手もある。じっと脚に注意を集中して、走りたがっているかどうかを聞いてみる。耳でなく眼で聞くという洞山のヒントが使えるかもしれない(『物質の想い その3』)。

つまり、同じことでも未来への心配として経験するより、現在目の前にあるものの感じとして経験したほうがずっと生きたものになるということだろう。

これはたとえばある仕事を今するかどうか決めるときに、やはり未来に何が起こるかを心配するよりもたとえばモニターの横にあるカマキリのぬいぐるみにその仕事のことを任せて、じっと見ることでカマキリの意向として今その仕事をやるべきかどうかを聞き取るということを考えた『決定の負担を周囲の物と分担する』という姿勢にも通じるものがある。

差異と同一性の調和: 人種問題への適用 10/1/08

昨日の続き。

たとえば、人種間の平等を謳うとき、まず人種の違いということが前提されていなければそもそも人種間という表現ができない。ここにも差異と同一性の相互依存が見られる。

参同契の中に「事を執するも元是れ迷、理に契う(かなう)も亦悟りにあらず、」という一節がある。

曹洞宗の統一英語訳ではここは「Grasping at things is surely delusion、 according with sameness is still not enlightenment.」となっている。物事に執着するのはもちろん迷いだが、同一性に従うのもまだ悟りではない、というような意味だ。

原文と英訳を比較すると、「理」と同一性を互換的に使っていることがわかる。

理屈が実際の事物の差異を無視して同一性を前提するからか。

たしかに、人種間の平等という理屈は人種間の差異をとりあえず無視して同一性を見るということだ。我が人種は他の人種よりも優れている、というのは差異に注目している点で理屈としては不透明になる。

参同契の上記の一節を人種差別問題に当てはめると、人種間の違いに執着するのは迷妄だが、人種間の同一性にもとづくだけではまだ欠けているところがある、ということになる。

何が欠けているかについて参同契は答えを提供してない。いるのかもしれないが、簡単に読み取れるような答えではない。(参同契の原文はここで読めます。)

参同契という題目自体、つまり差異と同一性の調和、あるいは事象と理論との間の調和、というのが一応答えなのだろう。

昨日も少し書いたが、個人的には参同契は言語表現の特性について深く考察した(瞑想した)結果として出てきたものではないかと思う。

こういうものを朝課に取り入れている曹洞宗の姿勢も興味深い。朝課の形を決めたのは道元禅師の三代後の螢山禅師であると言われている。

曹洞禅の大衆化に大きな功のあった禅師であり、秘教的、シャーマニズム的な側面も重要視した人であるらしい。

どういう想いを込めて参同契を朝課に加えたのだろう?

参同契: 差異と同一性の調和 9/30/08

うちの禅センターでは日曜日の朝の朝課の一部として参同契というのを詠唱する。

これは石頭希遷(せきとうきせん)禅師が書いた一種の禅詩ともいうべきもの。この人は中国の唐代のお坊さんである。

「参同契」でグーグルすれば漢文として見ることができるが、読んで意味がわかるようなものでもない。

題名の英語訳はHarmony of Difference and Sameness、つまり差異と同一性の調和、ということになっている。

なんで参同契がそういう英語訳になるのかはよくわからない。「同」とSamenessが対応するらしいことはわかるが。

横浜善光寺というお寺のサイトではこの題名について「参差(現象)は同一(真理)に契合している、といった意味」と解説されている。ちなみに参差は「しんし」と読むそうだ。

参差はYahoo!辞書で形容動詞として(1)長短の等しくないさま。そろわないさま、(2)入り混じるさま、(3)くいちがっているさま。矛盾しているさま、となっている。名詞としては「くいちがうこと」となっている。

これでなんとか英語訳が上記のようになっている理由がおぼろげながらわかる。

私はこの参同契を詠唱するたびに題名の英語訳に惹かれる。内容の方は部分的に意味が通るところはあってもそれがまとまって何かしらの印象を与えるという感じはわからない。内容と題名がどうつながるのかもわからない。

差異と同一性の調和、と言われていつも思うのは言語の特性だ。

言語というのはたとえばカラスというものを他の全てのものと違うものとしてみなして、カラス同士ではある程度の同一性があるというふうにみなす。

カラス同士の差異を論じるにしても、たとえば片方は羽の先が欠けているとかいって、両方に共通の「羽」というものを前提として差異を語ることになる。

要するに、二つのものの間で何か共通とみなせるものがないと違いを論じることさえできないという事情がある。

そういう風に考えると「差異と同一性の調和」という題名はとても魅力的に見えてくる。

この観点からこの禅詩の内容に食いついていけるか、は今後のお楽しみ。(実は来週の火曜にこのことについて20分ほど話すことになっているのでちょっとあせりぎみである。)

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