プロセスワーク関連のおぼえがき

2007年6月にプロセスワークのMACFOC(葛藤解決・組織改革修士課程)の一期生としてめでたく卒業しました。これまでの学びを日本語のおぼえがきという形で書くとともに、ほぼ二年を経た今、だんだん地金が出てきてプロセスワークから迷い出している部分も多いです。

テーバー山でキリスト教徒に出会う 7/3/09

テーバー山で熱心なキリスト教徒に出会った。

Prayer walk(祈りの歩き)をしていると言っていた。

私は坐禅の代わりとして歩き禅をやっていた。

親近感を憶えた。

彼にとってもこの山は聖なる山であるらしい。

彼に出会う前に、私は歩きながら山に気持ちを開いて、惹かれた方向が頂上から少し離れた小さな峰に行く坂だったのでそっちに登りはじめた。

彼は神に「誰か話しかけられる人に出会わせてください」と祈って反対の方から登ってきて、降りはじめたところで私に出会ったという。

彼はそれを神やイエスという人格的な超越者からの働きかけとして見る。

人格というか、我々にわかる言葉を語って人のように我々を受け入れて導いて慈しんでくれるなにかとして。

私はどうだろう?

山が語りかけてくるように感じることはあるし、こちらから話しかけるときもある。

会話のような雰囲気は山との同調の始めと終わりに感じるものなのかも。

同調しているときは私も山のような気分だから言葉は思い浮かばない。

山と私は同等だ。

彼は神やイエスと自分の間の巨大な落差を意識し、神が自分を通じて私に働きかけているという見方をする。

私は山の方がでかいという意識はあるし、山が私に何をしてほしいのかというふうな問を立てることもある。

なんだか似ているような似ていないような微妙な緊張感があっておもしろい会話だった。



イスラエルとパレスチナのグループプロセス 7/2/09

ポートランドでは珍しい、練習でない一般公開のグループプロセスがシニア・ディプロメートの一人であるJの企画で行われた。

Jはワールドワークをテレビで見せるということをずっと考えていたそうで、今回はそのパイロット試行ということだ。

今回はカメラは入れたが、公開用ではなくて研究用ということだった。

参加者は二十数人、うちディプロメートが七人くらいか。

だいたいはプロセスワークの学生かシンパで、外部の人が数人。

私も友人を招待した。

アメリカ人だがイスラエルに十五年住み、ヘブライ語もアラビア語もぺらぺらであの地域の人たちをこよなく愛する男である。イスラエル国籍も持っている。

着席しようとしているときに友人がつぶやいた、「なんでイスラエルとパレスチナをテーマにするんだ? この人たちにとってもっと重要なテーマがあるだろうに?」

彼の口調から察するに、イスラエルのこともパレスチナのことも知らないアメリカ人が集まってこういう話をすることの意味を疑っているようだった。

さて、ファシリテータはJ本人で、まずワールドワークのコンセプトと手順を説明。

ロールプレーからパーソナルに遷移したら個人に集中することになるかも、と予告していた。

シニア・ディプロメートのDがコファシをするという。

ここで私は少し違和感を憶えた。

ジャンもドーンもユダヤ系アメリカ人である。

イスラエルとパレスチナというテーマを選んで、ファシリテータを二人ともユダヤ人にするというのは公平なファシリテーションという点から問題があるような気がした。

二人はアメリカ人で、パレスチナ地方に住んだことはないのだからいい、ともいえるかもしれないが。

二人ともアメリカ人であるということも、アメリカの存在がイスラエルとパレスチナの紛争に巨大な影響を与えていることを考えればややきな臭い人選である。

てなことを考えつつもぞもぞしていたら、今度はJが「わたしはユダヤ人だけど、そのこととわたしがどっちの側に味方するかということは関係ありません」と宣言。

えーっ、そんなことすらっと言っていいのかよ、と私はここでノックアウトされた。

さらに、JとDの横に坐っていたやはりユダヤ系アメリカ人であるシニア・ディプロメートのLが「そうね、ふつうだったらユダヤ人ならどっちにつくか決まってるって人は思うわよね。」と言い、私はなんと言っていいかわからず呆然とした。

ファシリテータが二人ともユダヤ系であることについて、そのことが見方の偏りには通じないと軽く言い切るということは、つまりは暗示的に「この場はユダヤ系アメリカ人の見方で仕切るよ」と宣言していることだと私は思ったのだ。

さて、ややショック状態の私を残してプロセスは進んだ。

「お前はここにいるべきじゃない」というロールと「自分はここにいる権利がある」というロールが立った。

私は権利という言葉を聞いて、「権利という言葉がキーワードとして使われること自体、アメリカ的なものが場を仕切っている証拠だなあ」とぼんやり感じていた。

ここで、アメリカ人の人種的少数派であるディプロマ学生がかなり個人的な気持ちを込めて後者のロールを取って場が少し活発になった。

しかし途中でこの人は「これは今日のテーマとは外れてくる気がする」といって引いていった。

やや場がスローダウンしたので、私はようやく発言した。

「はじめの方であなたは自分はユダヤ人だけどそれは自分がどちらの側につくかということと関係ない、と言ったけど、もし日本人の私が日本と韓国についてのグループのファシリテータをしていて、自分は日本人だけどそれはどちらを支持するのかとは関係ない、なんて言ったら殺される。」

最後の「殺される」は自分でも言いすぎだなと思ったが、特に訂正しなかった。

ファシリテータとして撃墜されることは間違いないと思ったから。

これに対してJは「「関係ない」なんて言ったかしら?」と聞き返してきた。

「私がそう聞いただけかもしれない」と私は引き下がった。

あるディプロメートが「これはファシリテータに対して「お前はここにいるべきじゃない」と言ってるようなものだ」とコメント。

一理あると思ったが、茶化されているような気もした。

ともあれ、その辺から場は急速に熱くなった。

ヨーロッパ人のディプロメート(V)が、自分のパレスチナ体験からイスラエルの横暴を非難した。

しばらくして、これに対してやはりヨーロッパ人のディプロメート(S)が「あなたの国は第二次大戦中に喜んでナチにユダヤ人を差し出したじゃないか!」と怒りをあらわにして迫った。

Vは自分の感情を抑えて冷静に対応しようとしたが、やや涙ぐんでいた。

順番は前後するかもしれないが、私の友人もVに対して反発した。

彼はイスラエルの軍人だったことがあるが、占領地での勤務を拒否して投獄されたりした。

彼はイスラエルの過酷な占領政策に反対だった。

でも彼はガザを引き上げるイスラエル人の植民者にハマスがロケット砲を発射したり、イスラエルの要人の死を祝ったり、パレスチナ人の子供が「ユダヤ人を殺すのがぼくの使命だ」とか言ったりすることにも反発を感じると表明した。

彼の複雑な姿勢を参加者はよく理解できないのか、彼がどう感じているのかを明言して欲しいと何度もリクエストしていた。

ともあれ、時間切れ(二時間)でプロセスは終了。

私の友人はプロセス中かなりきつい立場だったので、大丈夫かと聞いたら、彼は強い表現にはイスラエルで慣れていると言った。

何人かの参加者が彼のところに来て個人的に話していた。

彼を招待してよかったと思った。

Jを批判するようなことを書いたが、あえて自分に近い危ないテーマを選んで、私などの批判の標的として自分をさらした彼女の勇気と行動力には敬意を表したい。

プロセスワークが表舞台に出ようとする歩みの一歩を目撃した、と思った。

性格差別 7/1/09

アメリカでは人種差別とか性差別とか性志向性差別とかはずいぶん緩和されてきた。

その分、性格差別みたいな面が目立つようになって来た。

たとえば、かつてシャイであることは別に悪いことではなかったが、今ではシャイは病気として扱われ、医者に行けば投薬される。

脳の化学的バランスの崩れによる症状だから、とSSRI系の薬を飲まされるらしい。

内向性そのものがだんだん病気として見られるようになってきている気がする。(参考: 『内向者の自己一致』)

社会恐怖(社会不安障害)というのが「病名」である。

シャイとか内向性が社会不安障害にぴったりあてはまるわけではないが、いっしょくたにされがちな傾向は増えているらしい。

つまりアメリカでは人種差別が法的に禁止されて社会的にも忌避されてきているのと同じ時期にある種の外向的性格が万人に要求されるようになってきた。

まるで、人間は差別をせずにはいられないので、肌の色を基準にした差別がダメなら性格や行動パターンで差別しよう、という暗黙の同意が社会にあるみたいだ。

体罰とコンサータ』では学校の生徒の管理が体罰のような外的なものから脳に作用する薬という内的なものに変わってきたことを憂慮した。

差別も見かけという外的なものから性格という内的なものへと変わってきているようだ。

そのいずれの場合も脳に作用する薬が解決策として受け入れられているというのがどうにも気持ち悪い。

こういう流れを肯定するロールから言えば、薬を飲む位でむずかしい生徒の行動管理や社会的に許容されない内気が薬で矯正できるのなら楽でいいじゃないかということになる。

本人も苦しいんだから、薬飲んで楽になって社会に貢献できるようになるのが最善だ。

うーん、こう書いてみると説得力があるなあ。

薬の方に話がそれたが、差別の鉾先が見え易いけれども本人にとって心理的に距離をとりやすい見かけの特徴から見えにくいが心理的に距離のとりにくい性格といったものになってきていることを認識しておきたい。

グループプロセスで達成されること 6/30/09

私のグループプロセス体験の多くはポートランドでの練習グループプロセスだ。

そして参加者はたいていプロセスワークのことを知っている人。

こないだ、半分以上がプロセスワークと関係ない人、という構成でのグループプロセスに出たら、参加者の一人が、「で、ここで私たちは何を達成しようとしているのでしょうか?」と質問。

私は虚をつかれて何も言わなかった。

あ、それはうそか、たしか「グループが一体になることを目指すんです」とか口走ったはずだ。

でも言ったとたんに、「これってなんか全体主義的なアブナイ発言だなあ」とも思った。

MACFOCでトレーニングをしているときは、グループプロセスで何を達成するかなんていうことは考える必要がなかった。

グループプロセスのスキルを磨くプログラムをやっているのだから、グループプロセスをやるために特に目的を設定するという必然性はなかった。

グループプロセスは好きだったから、個人的も「何のために?」という問いは出てこなかった。(参考:『グループ好きとセラピー好き』)

卒業してからはこのブログでも書いたように自分一人で探求したいことがいろいろあったので、ファシリテーションをするという流れはなかなか出てこなかった。

最近はそういう流れも出てきているので、ファシリテータをするからには、「なんでグループやるの? 目的は?」という問いに自分がどう反応するかを見ておきたい。

私はグループの良し悪しをどう判断しているのだろうか。

その判断基準の中に私自身の目的意識が隠れているはずだ。

うれしいグループプロセス』では、人々が感情的になってぶつかりあうようなグループが好きであるというふうに書いてある。

対立していた両人が和解して抱き合って終わるようなグループはあまり好きではない。

やらせという感じがするからかな。

一人が延々と自己主張を続けてそれを残り全員がしかたなく聞いているというのも好きではない。当たり前だが。

ファシリテータが撃墜されて参加者が勝手なことを始めるようなグループはわりと好きだ。みなに見られつつ個人的なことをやるということで自己紹介プロセスになったりするので。

こうしてみると私の好みは本気の対立か混沌状態で、嫌いなのは一方的な状況(全員一致とか一人舞台とか)というところか。

関係性という角度から見るとどうか。

グループ状況でプロセスワークのスキルを使って話すことで表面的な会話よりも深く他の人と交わることができるという魅力がある。

一対一の会話は逃げ場がないみたいで、よほど気の合う相手とでなければしんどいが、グループなら参加したりちょっと引いたり自由にできる。

グループプロセスでは、初めて会った人と深い出会いを経験できたりする。

一般的な社交の場というのは音楽とかダンスとかひっきりなしの会話とか、刺激が強烈で、内気な人にはしんどいが、グループプロセスの場は内気な人にも安全に設定できる。

内気な人の社交の場、というフレーミングでグループプロセスを見直してみるのもおもしろいとふと思った。

日本でのロールプレー

一昨年の秋に日本に行ったとき、日米関係をテーマにしたグループプロセスのファシリテーションをやらせていただいた。

そのとき、日本ではロールプレーは立ちにくいだろうなと予想していた。

ロールプレーは個人同士が相手の意見におおっぴらに反論して議論を楽しむ文化の人々のためのものだと思っていたからだ。

日本の文化はそういう表立った対立が起きないようにするものだとも。

ところがグループプロセスが始まってみると、かなり早い段階でロールプレーに入ろうという流れになって、私はびっくりした。

へえ、おれがいない間に日本の人達もアメリカ風になったのかなあ、ととまどいつつロールプレーに入っていったのを憶えている。

ところが、今日、日本から来ているディプロマのコホート2の学生さんと話していて、そのことを言ったら、「そりゃグループプロセスではロールプレーをするものだと教えられているからじゃないですか?」と言われて、あ、そういう可能性もあるんだと初めて気づいた。

ポートランドの練習グループプロセスではときどき、とにかくロールプレーに持ち込んじゃえばいいという感じですぐロールプレーが始まって、もともとあんまりロールプレーが好きではない私は反発を感じていたりしたのだが。

考えてみればプロセスワーク風のグループプロセスをやりますといって来ていただいた参加者がグループプロセスではロールプレーをやるという筋書きを御存じだったとしてもまったく不思議はない。

私の感じでは、ロールプレーというのはある文化に属する人達が自然に始める口論にプロセスワークのスキルで修正を加えてグループのプロセスの進行に役立てるものだ。

日本では、日本で人が集まったときに自然に起こることから始めるのが無理のない形だと思う。

それが何かといわれると今のところまだよくわからないのだけれど。

多分あたりまえすぎてわからないのだろうな。

体罰とコンサータ 6/28/09

日本やアメリカの学校では、先生による体罰は禁止されている。

いつから禁止されるようになったのか私は詳しく知らないが、1947年制定の学校教育法第11条で体罰が禁止されている。

多分それから少しずつ体罰を止めるように先生が指導されていったのだろう。

そのことと、最近はやりのリタリンやコンサータといった薬による児童の行動管理は密接につながっているんじゃないかと思い始めた。

戦後の民主教育では、体罰のような野蛮なことをしなくても愛を持って望めば生徒を指導できるという前提がある(ような気がする)。

で、指導不能になったときはその生徒がADHDという病気であるとして薬を使う。

皮肉な言い方になって申し訳ないが、どうも割り切れない気がする。

ぶんなぐるのは確かに野蛮だし、心の傷も残るかもしれないが、薬剤の力で脳の機能に変更を加えるというのはある意味でもっと暴力的だ。

私が子供のころはまだ旧秩序が雰囲気として残っていたので、子供も親も先生に従順だった。

でもこの秩序は体罰などの権威的な力を先生が持っていた時期のなごりだったのかもしれない。

教育というのは基本的に強圧的なもので、友好的な行為ではないと私は思う。

内田樹氏のブログに「成熟のために」というエントリーが一昨日あったが、そこに「教育の本義は格付けや選別や排除や標準化ではない。子どもたちを生き延びさせることであり、同時に共同体を生き延びさせることである。」とある。

共同体を生き延びさせるためには、子どもたちに相当な強圧をかけざるをえないというのが近代文明の特徴のような気がする。

北山耕平氏の「ネイティブ・アメリカンとネイティブ・ジャパニーズ」によると、ネイティブ・アメリカンの文化では子供は虐待されなかったとあるが・・・

プロセスワーク的に見ると、今日みたいな書き方は「強圧をかける側」が終始ゴーストになっているためにやや一面的になるうらみがある。

わかっちゃいるけど今日はそういう気分なのだ。

海と山と歩き 6/27/09

久しぶりにつれと海岸の方へ行ってきた。

つれは助産婦なので、うちから一時間以上離れたところで泊まったりできる時期は極めて限られている。

今回は一つ出産が早まったので空きができたのだ。

海岸までは車で一時間半ほど。

今回はCape Lookoutという岬のハイキング。

岬の先まで行って戻ってくるのが二時間、これは山のハイキングの感じ、そして駐車場まで戻って、海岸まで降りて戻ってくるのがまた二時間。

よく歩いた。

岬の方は常に100mくらいの高さを歩くので海の景色がいい。

サーモン・ベリーという日本で言えばキイチゴみたいな黄色い実をときどき採って食べながら歩いた。

上から見る海は波が不思議な模様を描き、鯨でもいたらよく見えるだろうと思った。

海岸は、かなり歩かないと行けないせいか、数人のサーファーを除いてほとんど無人。

海岸を裸足でジョギングしてみた。

波打ち際ではすごく硬く、遠く乾いたところではやわらかすぎて足首まで埋まる。

裸足で地面に触れて歩いたり走ったりするのは気持ちがいい。

夜は海岸から30キロほど山の方に入ったところで空いているキャンプサイトを見つけて、広葉樹と潅木の茂みに囲まれたサイトで間一髪暗くなる前にテントを設営。

夜は蛙の鳴き声を聞きながら寝た。

今日は別の海岸で引き潮の磯を歩き、自然のトンネルに入ったり、ヒトでイソギンチャク、蟹などを見た。

ポートランドのうちの近所もいいけど、海には独特の魅力がある。

シャスタ山へのフラート 6/25/09

プロセスワーク関係の日本人だけの食事プラスおしゃべりを数日前にしたとき、シャスタ山に一緒に行こうというお誘いを受けた。

わりと乗り気になっている自分に少し驚いた。

シャスタ山は知る人ぞ知る、アメリカ有数の聖地の一つであるらしい。

シャスタ便り」というサイトを見るとたしかに行けば何か感じそうな場所である。

なんで驚いたかというと、このところシャーマニズムとか精神世界系のことにはあまり関与していないからだ。

かつてはラジニーシ(OSHO)さんの弟子だったり、シャーマンのおばさんにMichael Harner系のシャーマニックジャーニーを学んだりしていた私である。

でも禅を始めてからとりあえずそういうものは絶つことにしたのだった。

禅ではああいうものは魔境としてしりぞける。

だから、精神世界的な感じの聖地であるらしいシャスタ山に自分が行ってみたいと思ったというのが驚きだった。

奇妙なことに、精神世界的なものに封印をする原因になった禅だが、うちの禅センターの先生夫婦はシャスタ山の僧院で修行したのだ。

思い返してみると、シャーマニズムから距離を置いたのは、シャーマニックなものに心の安定をかき乱されることを恐れたからでもあった。

ちょうどあれから干支(えと)が一巡りするころだ。

封印を解いても大丈夫な時期が近づいているのかな。

シャスタ山に向けて今夜出発する二人がどんなものを拾って戻ってくるのか、楽しみである。

教勢拡大への懸念 6/24/09

守勢から攻勢へ』で書いたように、私の関係する三つのコミュニティである禅センター、プロセスワークおよびUU教会はいずれもいわゆる教勢拡大のフェーズに入っている。

かつて世の中の流れから外れがちな人々の避難所であったこれらのコミュニティは今やこれまでは避けていた外の世界に働きかけようとしている。

私はいつもこの変化に一抹の不安を感じていた。

今日、このブログを読んでくれている友人から、私の信仰というのはスペースみたいなもんじゃないかという洞察を聞いた。

このスペースというのは避難所という言葉で私が言おうとしたことに近いのだろう。

このスペースあるいは避難所には何があるのか。

かつてのラジニーシ(OSHO)のコミュニティや最近のプロセスワークのコミュニティ、特にグループ状況で私が感じたのは、僕に呼吸できる空気がそこにはあるということだ。

外の一般社会の空気には私の心がアレルギー反応を起こすので、最小限しか呼吸ができない。

それが、「避難所」の中ではスモッグの東京から上高地に来たみたいに思い切って呼吸できる。

そういう意味でこの二つのコミュニティには足を向けて寝られない。

このブログも、呼吸できる空気をある空間に毎日吹き込んで維持していくという作業と見ることができる。

昨今のUU教会や禅センターやプロセスワークの教勢拡大路線に私が抵抗を憶えるのは、一般社会に打って出ることによってこちらにも一般社会の空気が流れ込んできて、私には呼吸しづらいスペースになってしまうのではないかという恐れを抱いているからだ。

上記のエントリーでも書いたけど、この教勢拡大という方向性は多分私自身の二次プロセスでもある。

いや、二次どころかかなり一次プロセスに近い。

プロセスワークで学んだことを仕事で活かして行きたいと思っているのだから。

そしてそれに抵抗する二次プロセスがこの「外の世界の毒の流入」への恐れなんだろう。

花粉症の少年を外の世界から隔離して守っている番人が、無鉄砲に外に出たがる少年を止めようとしている。

少年はどうやって番人を説得するのか。

「アクアラングみたいに、呼吸できる空気を持ち歩いて外に出るよ」かな?

似たアイデアとして、「花粉マスクをしていくよ」でもいいかも。

これはたとえば『人のいるところに空虚を見る』みたいなアプローチだろう。

「苦しくなったらここにすぐ戻れる秘密のトンネルを町中に掘ってあるから大丈夫」かな?

今日で645エントリーを数えるこのブログ自体がそういうトンネル網なのかもしれない。

秘密のトンネルというイメージのほかに、呼吸できる空気の入った袋を外の世界のいろいろな場所に隠しておくというイメージもありそうだ。

なんにせよ、番人がどれくらい納得するか、だな、問題は。

どうでしょう、番人さん?

町の広場としてのメーリングリスト 6/23/09

ポートランドのプロセスワークにはローカルストリングというメーリングリストがある。

ここではクラス、パーティその他の催し物の連絡とかの他に、ディスカッション、感動した話のシェアリングなどが投稿される。

参加資格は特にない。プロセスワークに興味のある人なら誰でも入れる。

アーニー、エイミーをはじめとするシニアのディプロメートも気軽に発言する。

この参加者の幅の広さとランクのバラエティが大きな魅力になっている。

プロセスワークという町の広場という感じなのだ。

普通の市民も通りかかるし、市長さんも井戸端会議に加わったりする。

友人の死を悲しむ人の周りになぐさめる人垣ができたり。

このメーリングリストで起きたグループプロセス的出来事については『深層民主主義と排除』とか『排除、復帰、そして虐待報告』にちらりと書いた。

町の広場だから、自分の声が町の政治に反映されていないと思う人たちが道行く人に大声で呼ばわる場所にもなる。

それが問題化することもある。

ここはそういうことをする場じゃないという意見が出る。

こここそそういうことができる場なんだという意見も出る。

その辺の定義のあいまいさが町の広場の特徴だし、魅力でもある。

コミュニティの一つの側面は、個人の生活を他のメンバーが見ているということだ。

見て欲しいことも見るし、見られたくないことも見る。

そこに生じるゆるやかな学びがあらまほしい。

こういうメーリングリストが持てるコミュニティと持てないコミュニティがあるようだ。

僕の行く禅センターのメーリングリストも町角の広場的なおおらかさがある。

UU教会の方は全国組織の方針もあって、メーリングリストの利用はなんらかの催しの通知に限られ、発信源は教会の中心部が主である。

喧嘩で人々が、そしてひいてはコミュニティが傷つくことを心配しての処置である。

だから町角の広場という感じはない。

親組織があることがそういう上意下達、集合禁止的な空気を助長するのか。

(プロセスワークと禅センターには親組織というものがない。)

これからも考え続けたいことの一つだ。

日本の母子家庭の数 6/22/09

昨日、日本でスクールカウンセラーの仕事をしている人から、担当している学校・区域で母子家庭がすごく多いと聞いておどろいた。

日本の、少なくとも一部の地域では、もうそこまで事態が進んでいるのかと驚愕した。

アメリカだったら離婚が多いので母子家庭なんてめずらしくもなんともないが、日本はまだだろうと思っていたのだ。

社会は基本的に家庭を崩壊させようとしている、といったことを前に書いた気がするが(たとえば『社会的関係と家族関係の相克とその終焉』)、日本でそんなに崩壊が進んでいるとは知らなかった。

現代で特に問題なのは多分、消費を促進するためには子供が親の意見を聞かずに衝動的に物を買ってくれる方がありがたいから、親子の関係を掘り崩そうとする動きが企業側から自然に出てくることだろう。

子供が親の代わりにメディアの意見を聞いてくれれば消費が伸びることは間違いない。

内田樹氏のブログで、『株式会社立大学の末路』というエントリーがあり、企業経営の感覚で大学を経営することの無理が説明されている。

多分家庭というものも、企業の収益論理だけでは成り立つはずのないものだろう。

また、親の子に対する愛情というのは私が子供だったころまでは当然強く存在するものと考えられていた。

でも人々が家に帰属感を憶えて家の存続のために命をかけていた時期が実は我々の親子の愛情の模範になっていたのだ。

明治以来「家」というものは古臭いから個人になりなさいというメッセージが社会の主流派によってずっと流されてきた。

このため、親の子に対する愛情はその存在理由の大半を失ってしまった。

子供は家の文化やしきたりを後世に伝えてくれる者ではなくなり、親以外の学校や企業の価値観を身につけた他人になってしまった。

これでは親が子を育てる気を失っても責めることはできない。

といって、学校や企業だけで子供が育つのかどうか、今のところ答えは否だと思う。

そのうち心理学者などの専門家がよってたかって親なしで子供が育つシステムを作るのだろうが。

オルダス・ハクスリーの「すばらしい新世界」がいよいよ現実のものとなるのか。

転職のもやもや 6/21/09

このごろ翻訳の依頼が少ないので、転職ということを考えている。

貧乏というチャンス』でも書いたが、かつての翻訳に相当するような新しい分野を探している。

多分その芽生えはもう目の前にあるのだろう。

プロセスワークのグループプロセスに参加したり話をするのは好きだが、『先生の家系』で書いたように、教えるとか指導するとかいうのは私にとっては鬼門だ。

MACFOCに入ったときは、ファシリテータなら指導じゃないからできるんじゃないかと思った。

でも実際にはやはりかなりの程度リーダーとして機能しないとファシリテータはできないという気がしてきた。

一方アドバイザーからは「あなたはリーダーシップを持ってるけどそれが二次プロセスにとどまっている。自分のリーダーシップに対してオーナーシップを持ちなさい」とずっと言われ続けた。

でもそう言われたって簡単に意識的なリーダーになれるものでもなかった。

先生や指導者的なリーダーシップでなくても、人と違うということでリーダーシップを発揮するケースはある。(『他と違うというリーダーシップ』)

でもこういうリーダーシップはなかなか職業にはならない。

というわけでもやもやしているわけだ。

一人で考えてもらちがあかないので、こうやってメッセージを書いてビンに詰め、電子の海に流してみる。いい知恵が流れてくるかもしれない。

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